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ワタミフードサービスの労務管理が批判されている。大手居酒屋チェーン「和民」で働いていた26歳の女性社員が入社後僅か2か月で過労自殺している。女性社員は神奈川県横須賀市にある店に勤めていた。被害者の手帳には「体が痛い」「どうか助けて下さい」と心身の不調を訴えていた。神奈川労災補償保険審査官は労災適用を認めると決定し、2012年2月に報道された。

これに対するワタミの渡邉美樹会長のツイッター発言が火に油を注いでいる。渡邉会長はバングラデシュの学校建設について「亡くなった彼女も期待してくれていると信じています」と発言し、大きく批判された。東急不動産だまし売り裁判における東急不動産の遅すぎた「お詫び」と同様の無神経さである(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、98頁)。

佐藤裕一氏の取材によって「生きていられるわけがない」と言える悲惨な労働条件が明らかになった(佐藤裕一「15時間労働で休憩わずか30分! 入社2カ月で過労自殺するワタミ社員のスタンダードな働き方」マイニュースジャパン2012年3月17日)。明治時代の女工のような労働条件である。

「両親が会社に提出させた資料などによると、15時間勤務でも休憩は30分しか予定されておらず、また、休日と睡眠時間を削らせるように組まれた研修など、勤務環境は精神障害の発症後にも、さらに過酷さを増していたことが分かった。」

http://www.mynewsjapan.com/reports/1585

佐藤氏は東急不動産だまし売り裁判も取材している。「知らない」「分からない」でたらい回しにし、担当者を自称する人物が電話にも出ないという東急リバブル・東急不動産の不誠実な実態を明らかにした(佐藤裕一「東急不動産で買ってはいけない 被害者が語る「騙し売り」の手口」マイニュースジャパン2009年9月3日)。

http://www.mynewsjapan.com/reports/1101
ワタミの問題は隠蔽体質という点にも注目すべきである。カリスマ経営者ともてはやされる渡邉氏であるが、雑誌『週刊金曜日』上で痛烈に批判された(村上力「居酒屋ワタミが事故を隠蔽工作」『週刊金曜日』2010年11月5日号)。東京都世田谷区の居酒屋「語らい処 坐・和民」三軒茶屋駅前店では2010年9月に20名の発症者を出すノロウイルス食中毒事故を起こして営業停止処分を受けた。しかし、一時閉店を知らせる店頭の張り紙は「設備改修および店内清掃」を理由とし、食中毒の事実に触れなかった。

記事はワタミの隠蔽工作を批判した上で、従業員に渡辺氏の個人崇拝を行っているなどとワタミの企業体質に踏み込む。渡邉氏は「何があってもウソはつかない。それは利益よりも大切だ」と語っていた(「社長の腐敗 「安易な道」を選ぶから不祥事が起こる」日経ベンチャー2007年12月1日)。そのカリスマ経営者の矛盾を暴露した力作記事である。

記事はカリスマ経営者の率いる企業の隠蔽工作ということで話題になったが、行政処分などの都合の悪い事実を隠す体質は日本企業でありふれたものである。

たとえば賃貸仲介不動産業者・グリーンウッド(グリーンウッド新宿店、吉野敏和代表)の事例がある。グリーンウッドは賃貸借契約書に記載なく退室立会費を受領したなどとして宅地建物取引業法違反で東京都から業務停止処分を受けた(東京都都市整備局「宅地建物取引業者に対する行政処分について」2010年6月8日)。業務停止処分期間中はウェブサイト上での物件紹介も禁止される。ところが「住まいの貧困に取り組むネットワーク」によると、グリーンウッドは自社ウェブに以下の表示をしたという。

「只今 ホームページ調整中です。物件リストを6月19日には掲載いたしますので、今しばらくお待ち下さい。」

これに対して同ネットワークは「ふざけた記載」と怒りを顕わにする(住まいの貧困に取り組むネットワーク ブログ「シンエイエステートとグリーンウッドに対して東京都が行政処分」2010年6月8日)。

http://housingpoor.blog53.fc2.com/blog-entry-106.html

東京都の報道発表資料によると、グリーンウッドは資本金0円で、東証1部のワタミとは比較にならない。それでも行政処分隠しという点で同レベルの活動をしていることは興味深い。ワタミの隠蔽工作をカリスマ経営故の異常性を捉えるならば視点を誤ることになる。革新的な経営者というよりも、日本企業の醜い点を巧妙に活用したというイメージが近い(林田力「都知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価」PJニュース2011年2月21日)。

実際、ワタミでは給料未払いなど労働紛争も起きており、ブラック企業とする指摘もある。ワタミの一部店舗では労働基準法で定められた労使間の手続きを踏まずに従業員に時間外労働をさせていた。時間外労働を定める三六協定は労働組合か労働者の半数以上の代表者と締結しなければならない。しかし、ワタミでは店長が従業員の中から代表を指名し、時間外労働の上限時間が予め記載された協定届に署名させていた。
http://hayariki.net/3/22.htm
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筒井紘一『茶人と名器(茶の湯案内シリーズ)』(主婦の友社、1989年)は高名な茶人と名器と呼ばれる茶道具を紹介した書籍である。取り上げる人物は村田珠光から近代の益田鈍翁(益田孝)に至るまで幅広い。

名器の作者にも触れている。たとえば宮崎寒雉は金沢で活躍する一流の釜師であり鑑定家でもある。宮崎寒雉は、加賀藩主前田家の御用釜師として代々寒雉を名乗り当代に至る。加賀藩の鋳物師であったが、前田家に出仕していた裏千家四代家元の仙叟宗室に注目され、特色ある釜を作るようになった(167頁)。

千利休の茶道の流派は表千家・裏千家・武者小路千家に分かれる。表千家三代・元伯宗旦の三男・江岑宗左が不審菴表千家となり、宗旦の隠居所を四男・仙叟宗室が継ぎ今日庵裏千家となり、さらに次男・一翁宗守が官休庵武者小路千家を称する。

この三千家の分立によって千家茶道は安定的な発展を遂げることになる。宗旦の代では乞食宗旦と言われながらも武家に出仕しなかった。権力者の気まぐれで滅ぼされた千利休の轍を踏まないためである。三千家に分かれた宗旦の子どもの代になると宗左が紀州徳川家に出仕したように大名家の茶道となっていった。

日本では「たわけ」の由来を「田分け」とするように分裂を弱体化とみる幼稚な見解もあるが、三千家の分立が発展の要因である。このお陰で明治維新の文明開化の荒波にも生き残ることができた。一家のみで統一を保っていたならば家元の権威は競争相手がいないために高くなるが、硬直化して廃れたかもしれない。どこかで途絶えた可能性もある。

「たわけは田分け」自体も迷言である。鎌倉時代の所領(田畑)の分割相続を「たわけ」として止めた結果が南北朝の騒乱であった。南北朝の騒乱が長引いた原因は皇国史観に見られるような天皇家への忠誠心では決してない。分割相続から排除された側が別の天皇を錦の御旗として利用したためである。「田分け」をしなければ相続紛争が激化するだけである。(林田力)
http://hayariki.jakou.com/3/4.htm
牛丼業界で吉野家は一人負けとされるほど業績が落ち込んだ。吉野家ホールディングスが2012年5月7日に発表した牛丼チェーン「吉野家」の4月の売上高は、既存店ベースで前年同月比8・3%減とマイナスになった。競合のすき家を展開するゼンショー、松屋を展開する松屋フーズが業績を伸ばすこととは対照的である。かつては吉野家の牛丼並が280円、松屋の牛飯並が290円で吉野家の方が安かった。両方とも、お茶は付くが、松屋には味噌汁も付く。また、メニューも松屋の方が豊富である。

このため、吉野家のセールスポイントは安さであったが、他の2社は2009年末以降に牛丼の値引き競争を開始した。この競争に加わらなかった吉野家は客を奪われ、既存店売上高は連続して2桁で減少した。また、狂牛病がクローズアップされる中で米国産牛肉を使用し続ける姿勢も、安全安心という点で競合に差を付けられた。

吉野家と松屋は客層も異なる。吉野家の客層は中高年従業員がほとんどである。店内がくたびれたコートの中高年ばかりだと、その一員になりたくないという思いが働き、入り辛さがある。実際、「女性は一人では入り辛い」との声がある。また、「カウンターだと子連れは無理」と指摘される。

これに比べると松屋は若い女性も含む客層が広い。メニューの豊富さも客層の広さを反映している。逆に松屋は中高年ブルーワーカー、ドライバー層の知名度は吉野家ほど高くなかったが、値下げ競争で知名度を獲得した。

店舗のシステムも相違する。松屋は食券制であり、店員が紙幣や硬貨に触らないため清潔である。吉野家では複数の店員がいる場合、会計と調理者を別にすることが多いが、それが常態ではない。先に会計を済ませた方が食べ終わって店を出たい時に出られるのでいい。吉野家で混んでいる場合は待たされることがある。店にとっても先に金を貰っておけば食い逃げの心配はないから好都合である。

但し、食券制にもデメリットがある。券売機が店の外に1台ある店舗では、複数人が店に入る場合に券売機の前で並ばなければならない。ファーストフードのために、寒い夜に店の外で並ばされることはたまらない。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/634

吉野家が頑固に前払い食券制を採らない理由は追加注文を期待してのことだろう。前払い食券制では追加注文が期待しにくい。松屋でも追加注文も受けているが、もう料金を払っているため、あまり追加注文する気にならない。吉野家ではサラダ等がカウンターに設置してあり、客が手軽にとることができる。サラダの入っているケースのガラスが曇りがちであまり清潔そうに見えないため、敬遠する人がいる一方で、サラダを食べる客がいることも否定できない。吉野家が食券制を採らないのは、客層が比較的清潔さにうるさくない層であることを踏まえれば、合理的である。

企業には、それぞれに特色があり、必ずしも同じ土俵で戦っておらず、そのようにすることは得策とも限らない。それぞれの個性を発展させていくべきだろう。
http://hayariki.jakou.com/3/1.htm
淡交社編集局『釜と炉・風炉 扱いと心得』(淡交社、2007年)は茶釜などを説明した書籍である。茶道具を種類別に全6冊にまとめた『茶道具百科』の第2巻である。釜、風炉、炉、五徳、炉縁を解説する。オールカラーで写真をふんだんに使用しており、分かりやすい。「今までにないアングルの写真を採り入れ、細部が見やすくなりました」と記載されている通り、茶道具の写真撮影の参考にもなる。

茶釜は茶道具の中でも特に重要性が高いものである。茶会を催すことを「釜を懸ける」、年の初めの茶会を「初釜」というように釜は茶会の代名詞にもなっている。井伊直弼『茶湯一会集』には「釜は一室の主人公に比し、道具の数に入らずと古来いひ伝え、此釜一口にて一会の位も定まる」と記載する。(林田力)
http://hayariki.jakou.com/hayariki3.htm#37
茶道と禅宗は関係が深い。以下のような言葉がある。

千利休「茶の湯は、第一仏法を以て修行得道する事なり」(「南方禄」)

山上宗二(利休の高弟)「茶の湯は禅宗より出でたるに依って僧の行を専らにする也。珠光、紹鴎も皆な禅宗也」(「山上宗二記」)

千宗旦「茶禅同一味」

「茶事は禅道を宗とする事」(「禅茶録」)

武野紹鴎の遺偈には「料知す、茶味、禅味と同じことを」とある。

現代でも『主客一如 禅と茶 無からの発想』(近藤道生、尾関宗園、尾関紹保著、金融財政事情研究会、1995年)という書籍が出版されている。著者の一人・尾関宗園は大徳寺大仙院の住職である。

茶会では禅僧の墨蹟がよく掛けられる。「南方録」に「掛物ほど第一の道具はなし、客・亭主共に茶の湯三昧の一心得道の物也、墨跡を第一とす、其文句の心をうやまひ、筆者・道人・祖師の徳を賞翫する也」とあるとおりである。

上記文言の和訳は以下の通りである。「道具の中では掛け物が第一であります。客も亭主も、ともどもに茶の湯の道を究めることによって、精神の高みに到達しなければなりません。掛け物はその指標となるものです。それには墨蹟がもっとも適切であります。まず、その語句の心を知ること、次にその筆者である求道者、または禅僧の徳を敬うのです。」(戸田勝久訳『南方録』教育社、1981年、108頁)

以下の解説がされている。

「其ノ掲グル所ハ修養ニ資クル語類ニシテ、静坐瞑想ニ耽ルベキ草庵ニハ至要ノ者ナレバ、一心得道ノ者ト云ヘルナリ。」(柴山不言『喫茶南方録註解 上巻』茶と美舎、1972年、163頁)

「客も亭主も、その墨蹟の文句によって心を統一し、席の情調を保ち、茶の湯の精神を浄化するものであるからで、これが本当の点茶の醍醐味である。」(中村直勝『茶道聖典 南坊録』浪速社、1968年、115頁)
http://yaplog.jp/hayariki/archive/622

禅宗では仏像や仏画の代わりに自ら師とする人の書蹟を拝することから墨蹟が尊重され、茶の湯の世界でも倣っている。村田珠光が大徳寺の一休宗純に参禅し、印可の証明として授けられた墨蹟を、茶席に掛けたのが由来とされる。このように禅僧との関係性を抜きにして墨蹟を論じることはできない。

禅寺の中でも茶道は大徳寺と関係が深い。京都の臨済宗の寺院には寺の特徴から名づけられた愛称がある。妙心寺「そろばん面」、相国寺「声明づら」、東福寺「伽藍づら」、建仁寺「学問づら」、妙心寺「算盤づら」、大徳寺「茶づら」と呼ばれる(筒井紘一『茶人と名器』(主婦の友社、1989年)94頁)。
http://hayariki.zero-yen.com/hayariki3.htm#27
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