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築地市場見学・学習会が2012年11月10日に東京都中央区の築地市場で開催された。築地市場は豊洲移転問題で大きく揺れている。豊洲移転問題は東京都政の重大争点にもなっている。

都営大江戸線・築地市場駅は外国人を含む大勢の観光客で賑わっていた。東京都中央卸売市場環境整備協会作成の区内地図は日本語、英語、中国語、ロシア語、韓国語の注意書きがあり、外国人環境客も多いことがうかがえる。築地市場は観光資源としても価値があり、移転は損失である。

築地市場内には浴思園跡やマグロ塚もある。浴恩園は江戸時代の寛政の改革を主導した老中・松平定信の邸宅で、天下の名園と謳われた。マグロ塚はビキニ環礁での水爆実験で放射能に汚染されたマグロを埋めた場所である。このような歴史は豊洲に移転することはできない。豊洲で新たな賑わいが生まれると考えることは誤りである。

東京中央市場労働組合の事務室で寺下章夫・東京地方労働組合総連合事務局長と長谷川紘宇・東京中央市場労働組合副執行委員長に話を聞いた。石原慎太郎の東京都知事放り投げの一つの要因には豊洲移転の行き詰まりがある。2012年10月5日に開催予定の新市場建設懇談会は延期され、11月6日に至るまで未開催である。

豊洲移転予定地の土壌汚染は深刻である。汚染対策をすればするほど汚れが出ている。事業者の中には不景気で豊洲に移転できないという人も多い。鳩山由紀夫・民主党代表(当時)は2009年の東京都議選の第一声を築地市場そばで行い、移転反対を訴えた。ところが、2012年3月には築地市場移転の予算案に賛成した。

移転予定地は常識的な人間ならば買わない土地である。有毒な土地であり、無償で渡されても嫌な土地である。それを東京都は普通の値段で買おうとしている。瑕疵があれば直してから買うことが普通であるが、それもしない。東日本大震災では108カ所で液状化した。人間の煩悩と同じ数である。液状化でダメと判断することが普通の人間である。都の人間は税金を自分の金とは思っていないのではないか。

移転予定地の土壌汚染対策を担当するゼネコンに確認したが、「きれいになります」とは言わない。「一生懸命やります」としか言わない。このゼネコンは前の売主からも土壌汚染対策を請け負っていた。ちゃんと汚染対策ができていないことになる。

移転予定地は土地だけでなく、場所も悪い。市場は荷が集まって販売することが目的である。豊洲に行っても売れるとは保証できない。移転予定地は交通の便が悪い。豊洲と言っても有楽町線豊洲駅が最寄り駅ではない。最寄り駅は「ゆりかもめ」の市場前駅である。「ゆりかもめ」は運賃が高い。

現在の組合事務所は仮設である。以前は市場の中心部にあった。看板などを掲示しても目立つ場所にあった。現市場の再整備という理由で移転したが、東京都は再整備ではなく、移転を決めてしまった。
http://www.hayariki.net/8/9.htm
築地市場ではカモメを始め、鳥が多く飛んでいた。あまり人間を恐れず、人が歩いている頭上のすぐ上を飛んでいた。築地市場が移転され、高層マンションやオフィスになれば鳥の生存は脅かされる。
http://hayariki.x10.mx/mccmccmcc3.html
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白川晶・原作、里見桂・作画『マリー・アントワネットの料理人』(集英社)はマリー・アントワネットの専属料理人を日本人に設定したグルメ歴史漫画である。磯部小次郎は田沼意次の料理番として仕えていたが、料理の道を極めるために狭い日本を飛び出した。オーストリアでマリア・テレジアに宮廷料理人として仕え、マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ時にマリア・テレジアの頼みで共にフランスへと渡る。
http://www.hayariki.net/7/9.htm
ナイーブなフランス革命観ではマリー・アントワネットは国家財政を傾けた浪費家であるが、無邪気な性格ながらも民衆に近い存在として描いている。マリー・アントワネットやフランス王国に持ち込まれた難題を小次郎の奇抜な料理で解決する。料理が政治問題を解決するという展開は梶川卓郎・原作、西村ミツル作画『信長のシェフ』と共通する。

また、小次郎が生み出した新作料理がクロワッサンなどフランス料理の礎になるというユニークな結末がフィクションとして面白い。世界に冠たるフランス料理も日本人が作ったという展開は日本人の民族的自尊心をくすぐるものである。ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』も古代ローマ市民にも通用する日本の風呂文化を描いた点が人気の一因である(林田力「『テルマエ・ロマエ』第4巻、長編化に賛否両論」リアルライブ2012年1月5日)。

一方で『マリー・アントワネットの料理人』には日本文化万歳作品の卑小さはない。それは主人公の小次郎が日本人離れしているためである。小次郎はサムライを体現した人物として描かれるが、そのサムライは現実の日本には存在しない海外から偶像化されたサムライ像である。小次郎の料理が当時のヨーロッパの料理水準よりも優れていたとしても、それは小次郎個人の才覚である。自民族中心主義の偏狭さなく楽しめる作品である。

『マリー・アントワネットの料理人 2』は英国植民地アメリカの使節との駆け引きが見所である。当時のアメリカは宗主国イギリスの圧政に苦しめられていた。独立戦争前夜であり、フランスの支援を望んでいた。フランスも仇敵イギリスに一矢報いるためにアメリカの独立を応援したいところであるが、植民地人を見下し、アメリカを対等の同盟相手として認めようとしない意識もあった。

反イギリスという利害関係が一致するにもかかわらず、両者は険悪な雰囲気になり、料理対決となった。料理対決に持ち込むアメリカ使節の動機が素晴らしい。洗練されたフランスの宮廷料理に対し、新興で貧しい植民地のアメリカ料理は一般論では勝ち目が薄い。
http://www.facebook.com/riki.hayashida

それにもかかわらず、アメリカ使節は「戦争では相手の強いところを叩く」と料理対決を提案した理由を説明する。「相手が一番ダメージがある部分も『セット』でやるから『仕返し』とか『報復』だと思う」と呟く卑怯者とは対照的である。後に超大国になるアメリカの矜持が現れている。史実に反する荒唐無稽な内容を持ちながらも歴史ファンからも支持される要素がある。(林田力)
均窯(鈞窯、きんよう)は中国の陶磁の一つである。乳青色の釉(うわぐすり)を厚くかけた青磁で、紅紫色の斑文(はんもん)を加えたものもある。元々は中国河南省禹県にあった窯(かま)を指した。明代初期に禹県一帯を鈞州と称していたことからの命名である。宋・元代に河南省鈞州はじめ華北各地で作られ、明・清代には華南で模倣された。特に宋代のものが名高い。
辰砂が透明な釉をベースにしたのに対して、均窯釉は乳濁釉にしている。乳濁の白と微量に入った鉄分に還元がかかって青味をだし、銅の赤みと混ざって薄紫のように見える。月の光を思わせることから、月白釉(げっぱくゆう)とも言われる。
http://www.hayariki.net/4/46.htm
東急電鉄の大井町高架下住民追い出しは住み続ける権利侵害
http://hayariki.zero-yen.com/1/41.htm
篠原健太『SKET DANCE』
http://www.hayariki.net/5/5.htm
町田宗心『茶の湯の常識―利休伝書が語る』(光村推古書院、2008年)は茶道の作法の意味を成り立ちから解説した書籍である。作法の一つ一つが意味を持って成り立っていることが分かる。作法だから従うという伝統墨守主義ではない。中には間違って伝えられた作法や意味をなさない作法があることも明らかにしている。

作法とは客に美味しくお茶を飲んでもらうための気配りである。これはマナー全般に当てはまることである。愚かな人間は形式的なマナー違反を咎められると「ルールなんか存在しない」と開き直る。しかし、相手に不快感を与えている点で失格である。

『茶の湯の常識』は茶道具をめぐる非常識にも鋭い。品物の良さがわからない人は箱書きを決め手にするとして、箱書きで品物の価値を決める人を揶揄している。(57頁)。現実に李朝染付の花入れについて「箱がないから貴重な品であるとは思わなかった」と恥ずかしい回答をした人物がいる。

一部の箱書き尊重の風潮への批判は後半にも登場する。「古いものは箱書きがないのが普通であった。箱書きがなくとも、よいものは長く大切に伝えられてきた」(257頁)。さらに柳宗悦『茶と美』所収の「蒐集について」の一節も引用する。「定見のない人々に限って箱書き等を大切にするものである」。

墨跡についても茶書『分類草人木』の以下の一節を紹介する。「禅の心もない人が、数奇道具として掛けることは、おかしなことである」として、禅法を納得してこそ、墨跡を掛けて面白いとする(60頁)。「茶禅一味」の言葉があるように茶道と禅宗は深いつながりがある。掛け物では墨跡が珍重されるが、禅の心を理解していなければ意味がない。最近では参禅する茶人を何も知らない似非茶人が「よくお寺に行ったりして」と批判する例があるが、嘆かわしいことこの上ない。

茶道は日本の伝統文化であるが、著者は偏狭な自民族優越主義に陥っていない。たとえば以下のように日本文化を相対化する視点も有している。「正座ほど窮屈な座り方は、世界中にどこにもないといわれる。このような風習は、中国女性の纏足や、インド人やオセアニア人が鼻や耳に穴をあけて宝石を飾る風習などと同様に、世界の珍風景の一つに数えられる」(105頁)。(林田力)
http://hayariki.net/4/46.htm
井上辰雄『茶道をめぐる歴史散歩』(遊子館、2009年)は日本史の研究者による茶道をめぐるエッセーである。見開き2頁で一つのテーマを語っており、読みやすい。茶道は室町時代以降の文化という印象が強いが、古代史の研究者らしく古代中国から説明を始めている。

当然のことながら茶道に対する含蓄のある言葉も多い。以下の文章は高価な茶道具がオールマイティではないという、茶道具の奥深さを示している。

「一つひとつの茶器が茶の湯の趣向にぴったりとあてはまり、しかもそれぞれが、有機的に生かされていなければならない」(58頁)

また、茶室という空間の特殊性を指摘する。「茶室には、自ら理想とする自然の景を茶庭に構成し、そのなかに我が身は包摂されることを願う」(47頁)

躙り口については「二尺二寸ぐらいの狭い出入口を、身をかがめてくぐる緊張感は、わたしたちの心をわななかすといってよい」(174頁)と語る。

さらに一休宗純の歌「有漏路(うろじ)より  無漏路(むろじ)へ帰る 一休み 雨降らば降れ 風吹かば吹け」を引用した上で、露地を「有漏路より無漏路に入る結界」と説明する(177頁)。

この茶室理解は妥当である。侘び茶の大成者・千利休は茶室を現世における清浄無垢な仏土を実現する場と位置付けた。その清浄なる空間に入るに際しては心を入れ替えることが求められる。浮世の雑念を捨てて茶室に入るための仕掛けが露地(茶室に付随する庭園)である。

茶室は最小の空間に豊かな広がりを与える世界に誇る日本の伝統建築である。茶室が豊かな広がりを有する理由は、露地とつながっている点に求められる。つまり、茶の湯の空間は、茶室だけでなく、外界(露地)と一体に仕組まれている。茶道も桂離宮などと同じく庭屋一如の精神を継承している。

「或る対象は、それが置かれるべき場所に置かれることによって、はじめてその真価を発揮する。花は花瓶に生けられ、花瓶は床の間に置かれ、床の間は茶室の中にあり、茶室は風雅な庭園の一隅にしつらえられている」(尾高朝雄『自由論』ロゴス社、2006年、45頁)。

利休が露地に高い精神性を付与していたことは以下の言葉が示している。

「露地はただ浮世の外の道なるに心の塵をなどちらすらん」

「露地は草庵寂寞の境をすべたる名なり、法華譬論品に長者の諸子三界の火宅を出て露地に坐すると説き、また露地の白きと云ひ、白露地共いへり。一身清浄の無一物底也。」(「南方録」)

心理学者も露地の心理効果を以下のように説明する。

「露地とは、この浮世の外にある地上の天国、いや極楽の超ミニ版への超ミニ参道で、進行につれて刻々と清浄感や鎮静効果が深まる」(安西二郎『新版 茶道の心理学』淡交社、1995年、33頁)。

現代では茶室を独立の建物として構えることは稀で、住宅内の一室を茶室とするケースも多い。その場合でも茶室の隣でザワザワ、ガヤガヤと話し声が聞こえるような場所では茶室の静寂さはなくなってしまう。露地が無理としても、茶室を聖域とする工夫が求められる(林田力「茶室における露地の効用」PJニュース2010年10月4日)。
http://hayariki.net/4/44.htm
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